ドロン女が行く

海外を転々とした挙句今はアメリカ永住の40代女子による、「それおかしくない?」に毒吐きながらツッコむブログ。自由な生き方や考え方、またアメリカ生活や旅行などついても書いています。

フランダースの犬は日本では「キヨシ」と「ぶち」だった!

今年の春、「一人フランダースの犬ごっこ」をしにベルギーのアントワープまで行ったのですが、フランダースの犬のウィキペディアを見てみると、いろいろと知らなかったことを発見しました。

『フランダースの犬』はベルギーでも出版されているがあまり有名ではなく、日本での評価とは対照的に地元での評価はさほど高くはない。


これは結構昔から知っていましたが、あんなに有名な話が日本でしか知られていないという事実を最初に知ったときはショックでした。

「世界名作劇場」の中でも、フランダースの犬のように、外国の話なのに日本でしか知られていない話もあれば、トム・ソーヤの冒険のように、世界で知られているのもあるので、なんだかわかりません。

ちなみにアントワープの大聖堂前には、トヨタが寄贈したという日本語で書かれたフランダースの犬の記念碑(?)が場違いなかんじで(笑)ありましたが、日本人じゃない観光客は当然のことながらありがたみがわからないようで、ベンチ代わりに腰をかけて休んでいました。


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では次。

小説家の司馬遼太郎が、フランダースの犬が無名であることの理由として「19世紀末頃から年少者に自立をうながす気分が出てきた、その中で『十五にもなってただうちひしがれて死んでいくとはなにごとか、なぜ雄々しく自分の人生を切り開こうとしなかったか』という批判が強くなった」「貧しい子どもが死ぬ物語は当時珍しいものではなかった」という大阪府立国際児童文学館の研究員の見解を引用している。


えええ!? ネロって15歳だったの!?

せいぜい10歳ぐらいだと思っていました。確かに15歳だったらもうちょっと生活力があってもよさそうな気がするけど、そこら辺は時代背景などもわからないので・・・

アメリカで出版されている『フランダースの犬』は、「こんな結末では、主人公たちが可哀想過ぎる」という出版関係者の意向により、ハッピーエンドを迎えるように改変が加えられている。具体的には「ネロとパトラッシュは聖堂で死なない」「ネロの父親が名乗り出る」などがある。


さすがなんでもハッピーエンドにしてしまうアメリカ。

確かにアメリカじゃ絶対あんな内容受けないだろうなぁ。


それにしてもフランダースの犬って一体何のために書かれたんだろ?

もともと貧しくて、その上友達も仕事も奪われ、放火犯の濡れ衣も着せられ、唯一の身内である寝たきりのおじいさんも死んで、住んでた小屋からも追い出された。画家になりたかったのだけど、コンクールも落選。そして最後は死んでしまう。


・・・・ひどすぎる。

「頑張っていれば最後には報われる」的な、童話にありがちな教訓がまったくない。ひたすらひどいだけ。


そしてもうひとつ驚いたこと。

日本語版は1908年(明治41年)に初めて『フランダースの犬』(日高善一 訳)として内外出版協会から出版された。西洋人の固有名詞が受容されにくいと考えられた為か、ネロは清(きよし)、パトラッシュは斑(ぶち)、アロアは綾子(あやこ)、ステファン・キースリンガーは木蔦捨次郎(きつた・すてじろう)などと訳された。


ってことで、「ネロ」と「パトラッシュ」ではなく、



「キヨシ」と「ぶち」の物語だったそうです(笑)